学生時代からの友達、勤め始めてからの友達、日本にいる友達、海外にいる友達、海外にいて日本に戻ってきた友達・・・
今夜会ったのは、数年前に知り合った海外在住の友達だ。日本には出張で年に4〜5回来る。共通の友達を通して知り合ったのだが、今では共通の友達よりずっと仲良くなった。彼女が本国にいるときは連絡は全くといっていいほどとらないのだが、日本に来ると必ず連絡をくれる。いつ来日するという予告はなく、ある日突然「Hi Tae-san, I'm in Tokyo!」と電話が来る。滞在はたいてい2〜3週間で、その期間は連絡を取らなかった数ヶ月のギャップを埋めるように、長電話したり食事したりする。
そうして滞在期間が終わると彼女は国へ戻り、また連絡を取り合わない数ヶ月が流れる。帰国から数ヶ月すると、「そろそろまた来る頃かなあ」と彼女のことをふと思い出すようになる。すると、ある日「Hi Tae-san!」と元気な声で電話がくる。
彼女とはメールでのやりとりはほぼゼロといっていいほどない。いつも電話で話すか直接会うかのどちらかだ。メールでの友達とのやり取りが多くなり、電話したり会ったりすることが少なくなった今日、彼女とのアナログなやり取りをうれしく思う(あれ、携帯はアナログじゃないか?)。
メールよりは電話のほうが、そして電話よりは実際に会うほうが断然いい。
膝を痛めてジョギングを休むこと3週間。たまりにたまったフラストレーション解消のため、膝に負担のかからない水泳にチャレンジすることにした。
泳いでみてわかったのは、やっぱり自分は陸の生き物だということ。どうにもこうにも息継ぎがうまく出来なくて、有酸素運動のはずが無酸素運動になってしまう。
躍起になって2日間続けて通ったが・・・この先いかに。
水泳が有酸素運動になる日は来るのだろうか。「水泳は楽しい!」の日は来るのだろうか?
夏に陶芸を始めた。はじめての挑戦だが、これがなかなかどうして難しい。何が難しいって、製作段階で完成をイメージするのが難しい。どんな色になるかは焼き上がってみないとわからず、釉薬がけは一種の「賭け」である。駄洒落で皆さんを苦しめるつもりはないが、言わせてもらえばこれは「釉薬賭け」である。(今日は冴えてるなぁ!)
絵画や編物の場合、絵具や毛糸の色はもちろんはじめからわかっていて、それらの色が製作時と完成時で変化することはない。陶芸の場合、釉薬の色は焼成前と焼成後で全く違うので、釉薬をかけた時点では作品がどんな色に焼きあがるかを正確に把握することはできない。もちろん色見本を見て、どの釉薬がどんな色になるか大体はわかる。けれど、その釉薬が自分の作品でどう出るか、微妙なニュアンスを予測するのは素人(少なくとも私)には不可能だ。そんなわけで、いつも完成時にはちょっとした驚きが待っている。

「楽しい」は時として「難しい」の衣を着ていることがある。
一本の糸と二本の針で、始まり始まり

Love、Time、Patience、Imagination、Creativity・・・
いろんなスパイスを加えると

袖になります!
子供の頃は当たり前のように出来たのに、大人になってやってみると思った以上に難しいことがある。逆上がり、うんてい、縄跳び、でんぐり返し、ブリッジ(注:トランプではない)・・・と、数えたらきりがない。運動能力は問われない(と思う)「ブランコ」でさえ難しいことに、正直驚いた。恐怖心が先立ってしまい、子供の頃のように思いっきりこぐことが出来ないのだ。ゆっくりこいでもすぐに目が回ってしまい、早々の退場が関の山。おお、衰えとはこういうことか!
去年の夏ポルトガルに旅行中、夜の公園で木に登った。久しぶりの木登りはものすごく楽しかったが、その難しさに愕然!登ったはいいが今度は降りるのがおっくうで、しばし木の上で休憩。夜のナマケモノと化した。

子供の頃好きだったことをもう一度やってみる。息切れや目まいに過ぎた年月を感じながらも、あの頃と同じように心は弾む。
これまでに3枚ベビーブランケットを編んだ。今は4枚目を製作中。細い糸でひたすら真っ直ぐ編むベビーブランケットの製作には、なかなかどうして時間と根気がいる。暇人でしつこい私にはぴったり!?(うなずいた人、デコピンよ!)
冗談はさておき、ベビーブランケットを作るのは大好きだ。どんな赤ちゃんが生まれてくるのか、友達はどんな親になるのか、想像を膨らませながら針を動かすのは楽しい。
私の家族を知っている人は、家族の中で一番常識ある人物は母だと思うかもしれない。それは、大きな間違いである。彼女は非常にクレージーな人なのだ。先日実家に帰った時に、このことを再確認した。
実家に戻って二日目の朝、まだ目が覚める前のこと。意識の片隅で、誰かが自分に話しかけているのがぼんやりとわかった。はっきりとは聞こえないが、母に違いない。私は適当に「うーん、うーん」と答えた。
次の瞬間、寝ている私の口にパンが押し込まれた。わけがわからず、だけど押し込まれたものは食べるしかない。仕方なくむしゃむしゃとパンを食べ、夢の続きに戻った。
数時間後起きてから、このことを思い出して母に訊いた。
「ねえ、寝てるときパン口に入れたでしょう?」
母はしれっとして答えた。
「だってパン焼けたから、お姉ちゃん食べたいかなぁと思って」
寝ているところにパンを食べさせられたのは今回が初めてだが、母は昔から寝ている人にちょっかいを出す傾向がある。得意技は、親指で寝ている人の鼻の穴をふさぐこと。これは決まって早朝、自分ひとり早く起きてしまい退屈しているときに実行する。
寝ている人にしのびより、まず片方の鼻の穴をふさぐ。鼻が通っているのを確認して、次にもう片方をふさぐ。やられたほうは、夢から半分覚めてこう言う。
「ちょっとぉぉ、何すんのぉ!(怒)」
母は答える。
「だって、鼻つまってないかなぁと思って」
両方の鼻が通っているときは問題ないが、片方の鼻がつまっている時は、通気口を失った空気が「すぴー、すぴー」と母の親指の下で虚しい音を立てる。待っていました!とばかりに、母はすかさず「○○ちゃん、鼻つまってるよ!」と、寝ている人に話しかける。
マンマ・ミーア!
先週の半ばに母から電話があった。「この三連休、お父さんがスキーに行っちゃうから私ひとりになっちゃうんだよねぇ」とのこと。母の得意な「ストレートな遠回し」による「遊びに来て!」というラブコールだ。熱烈なアッピールに応えて、三連休は実家に戻ることにした。
電車を乗り継ぐこと1時間半。実家の最寄り駅で電車を降り改札を出たところで、ナンタルチアなアクシデントを目撃した。お葬式の道案内をしている60歳ぐらいのおじさんの顔に、ハトがフンを落として飛んでいったのだ。
「ハトのフン」というとたいしたことのないように聞こえるが、このハトのフンはなんともパワフルだった。正装したおじさんの額のど真ん中から顔全体、そして黒いコートの胸元にかけて、フンは「ばちゃっ」とピラミッド型に白く広がった。その光景に、「あいや〜」と思わず口が開いてしまった。不意を衝かれたおじさんも、「やられたぁ〜」という顔をしていたが、なにしろ顔全体に広がったフンに目も開けられない状態のようだった。
あわててキオスクでティッシュを買って持っていくと、すでに20代の女性がティッシュを差し出していた。おじさんはフンまみれの顔で、私たちに「すみません、すみません」と何度も頭を下げた。
私も今までに2度、鳥にフンを落とされたことがある。一度目はジョギング中、電線にとまったカラスにやられた。二度目は旅行中のポルトガルで、友達とランチをしているところをハトにやられた。二度とも完全なる不意打ちだった。
「鳥にフンを落とされる」というのは、被害者本人からしてみても、なんともコミカルな出来事である。落とした鳥に怒ることは出来ないし、もう落ちてしまったものは仕方ない。「あちゃっ」と舌を出して、笑ってやり過ごすしかないのだ。被害にあった時の私のとっておきの対処法は、「ウン(運)がついた」と思うことである。この都合のよい思い込みによって、悲劇的な出来事はなんともハッピーな出来事へと変貌する。しまいには、「私にウンを落としてくれたトリ様よ、アリガトウ!」なんて、鳥に感謝していたりする。
おじさんにティッシュを渡しながら、「ウンがつきましたね♪」という言葉が喉まで出かかったが、なんと言っても相手はお葬式の道案内をしている人である。ここはグッとこらえて、その場を去った。
「おじさん、ウンがついたなぁ」駅の階段を降りながら思った。そして、その場に居合わせたことで、自分もウンのおすそ分けをしてもらったような気がして、なんとも嬉しくなった。
バスターミナルに出ると、母が車で迎えに来てくれていた。
毎日といっていいほど、いつも黒を着ていた時期があった。全身黒のこともよくあったし、黒でなくても暗い色やモノトーンが多かった。
あるときを境に、「生活には色が必要!」と決意し、できるだけ黒を着ないようにした。そして、こんな遊びをはじめてみた。曜日によってテーマカラーを決め、毎週その日には意識的にその色の服を着るようにするのだ。
以下、私のテーマカラー:
月=白
火=赤
水=青
木=緑or茶
金=黄
週末=好きな色!
身に着ける色によって自分の気分やムードが変わるのが手に取るようにわかり、なかなか面白い試みだった。
以下、色別に感じた気分:
白=clean、fresh、young
赤=feminine、warm
青=cool、mannish
緑&茶=close to nature
黄=bright、cheerful
これをしばらく続けた後、黒を着てみた。面白いことに、まるで喪服を着たように気分が沈んだ。
今では「曜日=色」で遊ぶことは少なくなったが、いろんな色を着ることは習慣になった。
毎日を、いろんな色で塗っていきたい。
私たちが今日着ている市販のニットのほぼ全てが機械編みされている。だが、かぎ針編み(crochet)は機械では出来ないそうだ。持っているニット製品がかぎ針で編まれたものだったら、それは、世界のどこかで誰かが一目一目編んでいる。
しらたきには、結ばれているタイプのものがある。しらたきの結び目もまた、機械では作ることができないらしい。工場の中を流れる長〜いしらたきの先端で、誰かが「キュッ、キュッ」とひとつひとつ先を結んでいる。
手に取るものの向こうに、誰かがいる。
ふとした拍子に、このことを思い出す。
過ぎたるは猶及ばざるが如し
[論語]度を過ぎてしまったものは、程度に達しないものと同じで、どちらも正しい中庸の道ではない。
「適当に」というのがうまくない。大抵の場合、自分でも呆れてしまうほどこだわってしまうか、または完全に眼中にないかのどちらかで、両極端極まりない。この数年間、「過ぎたる」と「及ばざる」が災いしてか、精神面でも肉体面でも壁にぶつかり、「あいででででで」と痛い思いを何度かした。
まだ物心つく前、2〜3歳の頃に撮られた写真でこんなのがある。
一枚目は、砂浜で母に抱かれて泣く写真。海が怖くてしょうがなかった私は、母にびったりくっついて海から顔を背け、ものすごい顔をして泣いている。
二枚目は、海に胸までつかって「イヤイヤ」という顔をしている写真。あんなに怖がって泣いていたのに、一度入ってしまったら今度は出るのが嫌で、「もう出よう」という母に向かって「イヤイヤ」しているのだ。
ふ〜む、私の「過ぎたる」や「及ばざる」は今にはじまったことではないんだなあ。これが生まれつきの性格となると、まあ今後も壁にぶつかっては痛い目に合うしかないのかなあ。
それにしても、できる範囲でバランスの取れた生活を心がけたい。心も身体もバランスよく、健康に。
そう言えば父は、にこちゃんマークに『ばらんす』とひらがなで大きく書かれたTシャツを昔から着ている。所属する整体研究会のTシャツらしい。弟は中学にあがるまで、ずっとこの『ばらんすTシャツ』を着ていた(というか、着せられていた)。
父や弟に訊いたことはないけど、『ばらんすTシャツ』、もしかして効果があるのかなあ?
人はどうしてキスをするんだろう、と、最近ふと考えた。なぜ身体のほかの部分でなく唇なんだろう、と。そのときは答えが浮かばず、そのまま忘れてしまった。
何日か経って、あるイベントに参加したときに、なんと「なぜ人間はキスをするのか」をテーマにプレゼンをした人がいた。なんたる偶然!
で、なぜ唇と唇を合わせるのか。彼の説明によると、身体の他の部分が皮膚で覆われているのに対し、唇は皮膚よりもずっと繊細な粘膜でできているらしい。繊細な部分を無防備に差し出すということは、相手に心を許していなければできないことなのだ。彼は力説した。「キス=愛なのです」
幼い子供は、何でもなめて口に入れたがる。鉄をも溶かしてしまいそうな強力なよだれをたらしながら、ありとあらゆるものにキッスする。彼らは世界の全てを愛しているに違いない。
私は3歳のときにタバスコの瓶にキッスした。
なんとも辛い愛だった。
独り言をいいながら歩いているおじさんを夜道で見かけることがよくある。酔っ払いもいればシラフの人もいて、それぞれなにやらブツブツ言いながら歩いている。多くの場合が、喉までたまった行き場のない不満を夜の街にもらしているように聞こえる。そんなおじさんを見ると、「そうだよねぇ、おじさん、そうだよねぇ」と、相槌を打ちたくなる。
〜〜〜
職場の近くに小学校がある。午後になると黄色い帽子をかぶった小学生が、ヒヨコのように「ちぃちぃぱっぱ、ちぃぱっぱ」と、元気よく下校していく。この間、午後になって使いに出たときに、ランドセルを背負った2年生ぐらいの女の子が3人、道端で話し込んでいた。耳をそばだてると、「ねえ、清水さんに聞いてみましょうよ」「そうよ、そうしましょうよ」と、なにやら深刻そうに話しているのが聞こえてきた。女の子たちのおませな話しぶりと、ランドセルに背負われているような可愛らしい姿のミスマッチに、思わずくすっと笑わずにはいられなかった。
〜〜〜
週末、一息つくのにカフェに入った。コーヒーを一口飲んでほっとしたところで、隣のテーブルの男女の会話が耳に入ってきた。どうやら友人同士らしい二人は、年のころ30代前半といったところだろうか。男性が熱っぽく語りだした。
「俺みたいにシステム・エンジニアやってるとさ、年収1千万以上もらったりするんだよ。でもさ、毎日終電で帰るような日が続くだろ。そうすると、ホント、人生ってなんだろうって考えちゃうんだよなあ。いくら金をもらったって、こんな生活でいいのかって…。そんなことクヨクヨ考えてるときに出会ったのが、茶道なんだよ。習い始めてすぐに、これだ!ってかんじで、しっくりきたんだよね…」
熱く語る彼の話に、私の耳はダンボになっていた。なんだかんだ言いながら、皆それぞれ頑張ってるんだなぁ、と、まるで一緒にお茶したように、見知らぬ二人を身近に感じた。
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