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「止まったら死んでしまうから」
某体操選手が、「世界トップクラスに到達してもなお、次なる目標に向って進んでいくのはなぜか?」という質問に対して。
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「人間はリラックスしていないと、絶対にセクシーになれない」
デザイナーのトム・フォードがインタビューで、「セックス・アピールについてどう定義するか?」という問いに対して。
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「自分というものがある人。(人生)ぶれてもいいんです。自分の道に戻ることができれば」
盲導犬訓練士の某氏が、「プロフェッショナルとは?」という問いに対して。
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「未来が決まっていないというのは、エキサイティングなこと」
お先真っ暗な不安に押し潰されそうになっていた時、ある人が言った言葉。
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「より良い人間になりなさい」
友人のお父さんが、別れの言葉として(「さよなら」のかわりに)彼に言う言葉。
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「やらなかったら可能性はゼロ。やってみるしかない」
逃げの態勢でいた私に喝を入れた、父の言葉。
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週末友人二人に誘われてチャレンジした、インドア・ボルダリング(ロッククライミングの一種)。初心者は力任せに腕の力で登ろうとするけれど、それは大間違い。腕と足の巧妙なバランスで、上級者は軽々と壁を這っていく。しなやかに、なめらかに―その姿はまさにオラウータン。
がむしゃらに力で登った私たちは、開始から約2時間後にギブアップ。目標のコースは結局達成できずに終わった。この雪辱は、再トライできっと!翌日は腕・肩・首が筋肉痛で泣いていた。
ところで、ジョギングが野菜を食べるのに似ているとすれば、このスポーツは肉を食べるのに似ているなあなんて思ったのは私だけ?
創作活動をしているとき、物欲は減少する。
逆に、何も作っていないとき、無性に物が欲しくなる。
自分の中に、こういう傾向がある。
作っているとき、もっともっと作りたくなる。作っている最中から、次のものが作りたくなる。
作っていない状態が続くとき、作るのが面倒くさくなる。そして買うことによって満たされようとする。
作ること、買うこと。
どちらからも満足感は得られるけれど、その質は全く違う。
面白いのは、自分で汗をかくこと。
価値があるのは、買うことも売ることもできないもの。
長いなが〜い通学時間。電車に乗っている1時間15分を有効活用するべく、電車に乗ったら編み編みキットを取り出し、課題の作品を編み編み。座れなくても立ったまま編み編み。リュックを邪魔にならないよう前に背負って編み編み。足踏ん張ってバランスとって、仁王立ちで編み編み。
編み編みしてると不思議と気持ちは落ち着いて(普段落ち着いてないわけじゃないけど)、東海道線の1時間はあっという間に飛んでいく。
朝、駅で。バスから降りようとして外を見ると、バスの運転手がロータリーを歩いているのが目に入った。「あれ、どっかで見た顔」と思ったら、小学校の同級生だった。特に仲がよかったわけではないけれど、小学校の頃とあまり変わっていない彼の顔を見て、「ああ、地元で就職して元気にしてるんだ」と、くすぐったいうれしさがこみ上げた。
地元のケーキ屋さん。シェフを務めるのは中学の同級生。10年ぐらい前にはフランスに修行に行ったと風のうわさできいていたが、どうやら帰国してお父さんの跡を継いでいるようだ。昔から美味しいと人気の店だけど、彼の代になっても評判は落ちることなく、それどころかドンドン洗練されていくようだ。店の前を通りかかると、朝から夜まで厨房で働く彼の顔が見える。
これまでは親の代が中心だった地元の町。気付かぬうちに自分たちへと世代交代を遂げていた。
数日前、帰りの電車で―
あまりの眠さにつり革にぶら下がるようにして直立睡眠。時々、「がくっ」と力が抜けて目が覚める。
我ながらなんともみっともない光景だったんだろうなあ。隣に立っていた白髪の紳士、推定年齢65歳。自分の前の席が空いたのに座らずに、ぶら下がり睡眠している私に「どうぞ、座ってください」と席を勧めてくれた。おお、はずかしや。
本日帰りの電車で―
自分の前の席が空いたビジネスマン(推定45歳)。隣に立っていたビジネスマン(推定60歳)に「どうぞ」と席を勧めていた。
周りを押しのけてまでして席を取ろうとする人が多くいる中、こういう心優しき人々を目撃すると、なんだかうれしくなる。そして、立っても座っても爆睡の自分がちと恥ずかしくなるのでした。
夕食時、母娘の会話
娘:「美しいとは何ぞや」
母:「うーん、そら姿かたちとは無関係だね」
娘:「化粧をしたり着飾ることじゃないんだよね」
母:「化粧するとか着飾る行為自体が『美』に反する」
「余裕」ってなんだろう。
それは、100%の力を出すことにより生まれるプラスの力。ベストを尽くして限界というフェンスを越えた人のみが持つ、次なる限界に挑戦する力。
余裕のよっちゃんは、只者ではないのだ。
父が検査入院をしているため、毎日病院に足を運んでいる。普段行くことのない入院施設のある病院に通い、病院というのはやっぱり嫌だなあと改めて思うとともに、病院で働く医師や看護士は本当に大変な仕事をしている人たちだなあとつくづく感じた。
身体に負担のかかる検査をした後、1日寝たきり状態だった父。動かせるのは首だけで、何をするにしても人に100%頼らなければいけないというのは、本当に不安で大変なことなんだと、本人はもちろんのこと、付き添いの私も痛感した。
7年前に亡くなった祖父は、10年以上も老人介護施設に入っていて、後半はほぼ寝たきり状態で過ごした。ボケがあったため、ある施設ではベッドに縛り付けられもした。今回、1日だけだが寝たきりになった父を見て、「家に帰りたいなあ」と施設のベッドで口癖のように言っていた祖父のことを思い出した。
終わりよければ全てよし―たくさんの元気な子や孫が周りにいながら、どうして祖父の最後の願いをかなえてやれなかったのか。
後悔は先に立たない。
今回の一件で、健康に生きること、そして家族が支えあうことの大切さについて、考えさせられた。
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